超現代語訳

川上村の吉野林業を学ぶ

これからの時代に活かせることを、
川上村と吉野林業の歴史に学びます。

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2020.06.17

■「川上村史 通史編」に学ぶ㉙ 土倉庄三郎と吉野山の桜

吉野の名所と言えば、吉野山の桜と史跡です。

しかし、明治維新の「廃仏毀釈」によって、蔵王堂信仰は殲滅状態に追い込まれ、吉野山の歴史や文学を訪ねる人影はなく、山はさびれるいっぽうでした。地元ではやむなく桜を切って大阪の商人に売却し、跡地に杉桧を植えることを計画し、その苗の斡旋を「土倉庄三郎」に依頼しています。

「庄三郎」は驚き吉野村村長に対し、『日本はいま外国へも開かれ、時勢が回復すれば吉野を訪れる人も増える、桜はかけがえのないものである』と力説し、買上金500円を肩代わりして大阪商人に返金させました。

こうして桜の名木が現在まで伝えられることになったのです。
川上村の吉野林業と土倉庄三郎
参照:「川上村史 通史編」歴史編第十二章 土倉庄三郎抄伝

 

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かつて、太閤秀吉も、徳川家康・前田利家・宇喜多秀家・伊達政宗ら錚々たる武将と、連歌師・能楽師・茶人ら総勢5000人を連れ訪れた吉野山です。この時も、秀吉が雨が続いたことにブチ切れて、吉野山の桜が焼き払われるという危機もありましたが・・・。

色合いや目合いが本当に美しい「吉野材」なのですが、上品さや高級感を感じてもらえるのは、人々が「吉野の桜」を連想することにもあるのかなと、勝手に想像しています。


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