超現代語訳

川上村の吉野林業を学ぶ

これからの時代に活かせることを、
川上村と吉野林業の歴史に学びます。

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2020.05.30

■「川上村史 通史編」に学ぶ⑯ 土倉庄三郎と自由民権運動

「明治維新」を成し遂げた藩閥政府が、革新的な政治を断行するうちに、しだいに政府専権の弊害が生まれることになります。

そうした風潮の中で「土倉庄三郎」は、財産を莫大に投じて、「自由民権運動」に没入していきます。

当時の「自由民権運動」の立て役者は「板垣退助」です。政府の要職にあったにも関わらず、立憲政治実現のために、明治6年野に下り、郷里の土佐で「立志社」を、続いて翌7年1月に「愛国公党」を結成します。

これに対し、政府は取り締まりを強化しますが、「板垣」は明治11年に農民階級を基盤として「愛国社」を再編し、全国的に国会開設の運動を展開しました。「庄三郎」はこの「愛国社」に巨額の資金を投じており、中枢の経理担当の実力者となり、有力幹部とも交渉しています。

明治13年には「国会期成同盟」と社名は改められて、運動の盛り上がりは苛烈なものとなり、いよいよ明治14年には、政府内部の「大隈重信」が国会開設の意見書を提出し、「伊藤博文」一派を震撼させます。(十四年の政変)

そして、10年後に国会を開設を約束することを約束して(「国会開設の勅諭」)、政府批判の鎮静化を図るまでとなり、明治14年に「近畿自由党」が結成されると「庄三郎」はこれに加わり、「日本立憲政党新聞」にも出資しています。
川上村の吉野林業と土倉庄三郎
参照:「川上村史 通史編」歴史編第十二章 土倉庄三郎抄伝

写真:「板垣退助」像

 

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「吉野林業」が生み出した財力が、国をも動かしたと考えると、ものすごいことなのですが・・・今となっては「吉野林業」を守るための「金」を生み出すことさえ厳しい時代になりました。

時代背景や社会情勢は、まったく異なりますが、「守りの林業」から「攻めの林業」へ変えたいものです。


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